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Side 千尋


前回のバレンタインでは失敗して渡せなかったけど、今回はちゃんと出来た。愛情たっぷりの手作りチョコレート!

大学の講義の合間を縫って本屋へ寄ったり、ネットで作り方を調べたり。一通り材料も買って部屋の中へと、バレないように隠して置いた。

「夏野…早く帰って来ないかな?」

そして今は夕方の六時だ。

今日は普通に平日だったので朝、夏野を見送り、それからオレも夏野に怒られないようきちんと大学へ行った。
必修科目と選択授業でとっている講義を二つほど受け、家までの距離をもどかしく思いながら急ぎ足で帰ってきたのだ。

帰って来てすぐ鞄を自室に置き、手洗いうがいを済ませてから再び自室に戻り、今日の為に買っておいた材料一揃えを持って今までキッチンに隠っていた。

「講義も大事だけど夏野より大事なものなんてないのにな…」

かといって大学を休んでチョコ作りなんかしていたら夏野に怒られること必須だ。口を聞いてもらえなくなる。それは絶対に嫌だった。

オレは綺麗にラッピングしたチョコを脇に避け、次の作業に入る。

「最近寒いからなぁ。そうだ、今夜はビーフシチューにしよう!…夏野、喜んでくれるかな」

夕飯作りを始めても思い浮かぶのは夏野のことだけ。
夏野と二人暮らしを始めてから、始める前もそうだったかもしれないけど、オレの全部は夏野を中心に回っていた。

だってそれぐらい大好きなんだ。






チョコレートも夕飯も作り終え、お風呂を沸かしていると玄関の方から物音が聞こえてきた。

「あ…帰ってきた!」

時刻は七時半少し過ぎ。
今日は定時で上がれたのかオレはそわそわしながら玄関へと出迎えに行った。

玄関扉が開き、朝ぶりに夏野を見る。視線が合えば夏野はふっと優しく表情を緩める。

「ただいま、千尋」

この瞬間がオレは好きで、そう言いながら少しだけ身を屈めてくれた夏野にオレは踵を持ち上げ唇に唇を合わせる。

「ン…おかえり、夏野」

すと離れていく唇にほんの少し物足りなさを感じながら目許を赤く染めたままオレも夏野から離れた。

「夕飯、出来て……って、何それ夏野!」

夏野しか目に入っていなかったオレはその時になって夏野の右手に鞄以外の物が握られていることに気付く。

「これか?これは…」

それはどこからどうみても、お店で売っているバレンタイン仕様のチョコレートだった。
浮かれていた気分が一気に急降下する。

胸がもやもやして、オレは硬い声で聞いた。

「…誰に貰ったの?」

「誰にも貰ってない」

「嘘…、じゃぁソレは何?」

何で誤魔化すの?
目の前に証拠があるのに。

疑いの眼差しを向けたオレに何故か夏野は柔らかく表情を崩す。そして、手にしていたチョコレートをオレに向けて差し出してきた。

「これはお前に。俺が買ってきた物だ」

「そんな嘘、え…?オレ…に?夏野が?」

「あぁそうだ。ほら」

右手を掴まれ、その手の上に包装されたチョコレートの箱を乗せられた。

「たまには良いだろ?俺からの気持ち」

「夏野、から?」

「市販品で悪いけどな」

「〜〜っ、ううん。凄い、嬉しい!」

その手にあった物が誰かから貰った物じゃなくオレへのプレゼントだと知って、沈んでいた気持ちが一気に浮上する。
オレは渡されたチョコレートを大切に胸に抱いて、花開くようにふんわりと笑った。

「嬉しいか…千尋?」

「うん」

その場で夏野に腰を浚われる。引き寄せられるまま距離を縮められ、下りてきた唇と唇が重なった。

「ん、ン…ふぅ…っ…」

角度を変え、舌を差し込まれる。侵入してきた舌に舌を絡めれば優しく甘噛みされ、いっそう口付けは深まった。

「…はっ…ぁ…夏、ンッ…ふっ」

腰を抱かれたままの口付けに身体から力が抜ける。
手からチョコレートが落ちそうになって、その手を夏野に支えられた。

「ぅ…ン…」

ゆっくりと唇が離され、熱に浮かされたようにぼぅっと夏野を見上げれば囁くように言葉が落とされる。

「続きは後で」

「……ん」

「夕飯、出来てるんだろ?」

「…うん。今日はビーフシチューだよ」

腰から手が離され、その手にオレは指を絡めて夏野を先導するように歩き出した。

その背中を夏野が瞳を細め、愛しげに見つめていたとは知らず。
リビングへと入ったオレは夕食を並べ始めた。


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